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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)9号 判決

原告 宮原欽吾

被告 灘製菓有限会社

主文

特許庁が昭和三三年抗告審判第二四三号事件について、昭和三四年二月二八日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

原告が請求原因として述べたところは次の通りである。

一、原告は登録第四二八、六一四号実用新案の権利者であるが、被告は原告を相手方として、昭和三一年三月二日特許庁に対し別紙(イ)号図面及びその説明書に示す物品は、右登録実用新案の権利範囲に属しない旨の権利範囲確認審判の請求をした(昭和三一年審判第九七号事件)。特許庁は昭和三二年一二月二五日右審判事件について「請求人(被告)の申立は成立たない」旨の審判をし、その審決書の謄本は昭和三三年一月一四日被告に送達され、これに対し被告から同年二月七日抗告審判の請求があり(昭和三三年抗告審判第二四三号)、特許庁は右事件について昭和三四年二月二八日「原審決を破棄する。(イ)号図面及び説明書に示す回転式重油燃焼器は、登録第四二八、六一四号実用新案の権利範囲に属しない」旨の審決をし、右審決書の謄本は同年三月一四日原告に送達された。

二、右抗告審判審決の要旨は

「右登録第四二八、六一四号実用新案の液体燃料燃焼装置の考案要旨は、通風筒(1)内に挿通した給油管(9)に回転しない燃料排出口(6)を穿ち、上部に受皿(4)を、下部に放射状に設けた羽根(3)を具えた回転体を、受皿(4)が通風筒(1)外に位置する如く遊嵌し、回転しない案内皿(5)を受皿(4)の上方で給油管(9)に設けた液体燃焼装置であると認定し、これと(イ)号図面及びその説明書記載の回転式重油燃焼器とを比較すると、その構成、燃料の霧化方式及び燃料の燃焼方式において顕著な差異があり、且つ後者は前者の必須の構成要件である回転しない燃料排出口並びに回転しない案内皿の存在を欠いているから、一部類似した構造を有していても、全体として同一或いは類似構造とは認められないし、又後者は前者の必須要件をことごとく具備するものでないから、後者を前者の権利範囲に属するものとした原審決は当を得ないものであつて破棄を免れない」

というのである。

三、しかし右抗告審決(以下本件審決という)は、次の理由により違法であつて取消さるべきものである。

第一点

回転しない燃料排出口(6)及び回転しない案内皿(5)の存在が本件登録実用新案の要旨の一部をなすものでなく、且つ必須の構成要件でもないのに、これをそうであると認定したこと。

(一)、登録請求の範囲には、「図面に示す如く通風筒1内に挿通した給油管9に、上部に受皿4を、下部に放射状に設けた羽根3を備えた廻転体を、受皿4が通風筒1外に位置する如く遊嵌した液体燃料燃焼装置の構造」

と記載されており、その考案の意図並びに効果については、「本案は前記のように通風筒1内に挿通した給油管9を軸として、上部に通風筒1外に位置する受皿を有する羽根3を強制送風により廻転させたから、電動機軸直結の従来のもののように受皿4が電動機の廻転数以上に廻転しないのを、羽根3よりも直径の大きな送風機の強制送風力により非常な高速廻転を与え得るため、その廻転による遠心力作用で、燃料は非常に微細に噴霧状となつて燃焼筒10内に飛散して完全燃焼を起す効果を奏す」と記載されている。

これら登録請求の範囲、考案の意図するところ並びに効果の説明、図面等を総合すれば、右実用新案の構成上の必須要件は、(1)通風筒1内に給油管9を挿通し、(2)給油管9に、下部に放射状に設けた羽根で廻転される廻転体を遊嵌し、(3)廻転体の上部に通風筒1外に位置するように受皿4を設けたところにあるものといわねばならない。

以上によつてみれば、本件審決が廻転しない燃料排出口(6)及び廻転しない案内皿(5)の存在が登録実用新案の要旨の一部をなし且つ必須の構成要件であると認定したのは誤りである。

(二)、本件審判がかかる誤れる認定をした理由には、

(I)、説明書に「燃料は排出口から案内皿(5)を伝つて受皿(4)上に滴下し」とある記載及び図面と本件実用新案の装置における燃料霧化の状態からみて、a燃料排出口(6)は固定した給油管に設けられた回転しない孔であり、b斯の如き作用は回転しない案内皿(5)が存在しなければ考えられないということを掲げている。

しかし右のような説明にまつまでもなくaの点は回転しない燃料排出口であるが、問題はbの点が審決のいうとおりであるかどうかである。案内皿の存在は単に廻転体が上方に上がらないようにするためのものであつて、その結果受皿上に油が滴下するものでしかなく、審決のいうような燃料霧化の状態云々とは全く関係はない。つまり皿でなくても回転体が上方に上がらないようにする止め金であればよいので、止め環で足りるのである。又審決が「斯の如き作用は」というのは一体如何なる作用をいうのか全く不明であり、この不明の作用のために廻転しない案内皿が存在しなければ考えられないという審決は、如何なることをいわんとするのか理解し得ない。従つて審決は理由不備である。

(II)、次に審決が右誤れる認定をするにつき、a「受皿(4)を高速に廻転させ、その遠心力作用により燃料を霧化飛散せしめ、燃焼は受皿(4)上に限定せず、燃焼筒(10)内全般で行わせるようにしたものであることが認められる。これは受皿(4)に孔を設けず、燃焼用空気は皿の外側を廻るようになつている図面の記載からみても明らかに認められる」とある点、b「又抗告審判請求人(被告)が援用した特許第一〇六、〇五七号明細書により受皿並びに噴油孔を回転し、受皿に小孔を設けて下方より空気を導入した燃焼器の構造は、本件実用新案の出願前すでに公知となつている事実が認められる」とある点も、理由としているやに思われるので、この点について考えてみる。

右aの点は、受皿の作用効果と本件装置の燃焼目的を説いているにすぎず、これらのことが回転しない燃料排出口及び回転しない案内皿と一体どのような関係があるのかについて全然説明がされておらず、従つて審決のいわんとする意味が不明であるといわざるを得ない。殊に回転しない燃料排出口及び回転しない案内皿が「登録請求の範囲」には全く記載されていないことは勿論であり、「実用新案の性質、作用及び効果の要領」にも殆んど記載されておらず、単に「燃料は排出口から案内皿を伝つて受皿上に滴下し」とあるのみであるのに拘らず、これを本件実用新案の要旨の一部で必須の構成要件であるとまで認定するには十二分の論拠によつて明確にされなければならないのに、それがされていない。

次にbの点にいう特許第一〇六、〇五七号(水車式バーナー)により公知となつた事実が、回転しない燃料排出口及び回転しない案内皿を以つて本件実用新案の必須の構成要件であることの理由とどうしていえるか、この点についても審決は殆んど説明がなく、いわんとするところ又不明であるが、恐らく噴油口を回転する方式のものは右特許で公知となつているから、その反対解釈から説かんとするものであろう。しかし、これのみでは回転しない燃料排出口が本件実用新案の必須の構成要件であるとする理由にならないことは明らかで、殊に回転しない案内皿が何故本件実用新案の必須の構成要件であるというのかについては全く不明である。

以上の通りであるから、畢竟審決が回転しない燃料排出口及び回転しない案内皿を以つて本件実用新案の要旨の一部であり、必須の構成要件であるとする理由は極めて漠として不明であること、及びそれが如何なる点よりみても到底理解し難いものであることをいわざるを得ない。従つて審決は最も重要な点である本件実用新案の考案要旨を誤解した違法があるものといわざるを得ない。

第二点

本件実用新案のものと(イ)号のものとは、その構成、燃料の霧化方式及び燃料の燃焼方式において顕著な差異がないのに拘らず、審決がこれありと認定したこと。

審決がかかる認定をするに当つて

(イ)、前者(本件実用新案のもの)と後者((イ)号のもの)は油の霧化の装置並びに経過において差異があり、又燃焼用空気の導入型式においても差異が認められる。

(ロ)、後者は前者の必須要件である回転しない燃料排出口(6)並びに回転しない案内皿(5)の存在を欠いている。

(ハ)、前者の受皿(4)と後者の燃焼皿(6)とは構造及び作用において差異がある。

ということを認定しているので、順次この点について検討してみる。

(イ)の点について

審決は前者の作用効果につき、「回転しない燃料排出口(6)より油を回転しない案内皿(5)を経て高速回転する受皿(4)上に滴下し、その遠心力により霧化し、受皿(4)の外側を廻つて上昇する空気中に微細に拡散させ、燃焼筒全般で燃焼させる」ものであるといい、これに対し後者の作用効果につき、「油は回転する噴油孔(16)より微細化されて拡散され、小皿(17)に当つて更に粉細されて燃焼皿(6)上に飛散し、燃焼皿(6)に穿つた通風孔(11)より旋回上昇した空気と混合し皿上で燃焼するものであつて」というが、果してそうであろうか。右説明にあるところの誤りを具体的に指摘すると、

まず「後者は油は回転する噴油孔(16)より微細化されて拡散される」というが、噴油孔自体は回転せず、ただそれに冠せられたキヤツプのみが回転するに過ぎないものであり、又そのキヤツプの孔より出る油は比較的大きな粒子であつて、審決にいうように微細化されて拡散されるものではない。従つて又前者の油は案内皿を経て滴下するということと殆んど差がないといわざるを得ない。

次に「後者は小皿に当つて更に粉細されて燃焼皿に飛散し」というのみで、霧化状態が生ずるのかどうか、又その生ずるのは皿の遠心力によるものかどうかの重要な点を敢えて不問に附しているが、これはまことに驚くべきことで、見のがすことのできない事実である。後者においても回転する皿の遠心力によつて始めて霧化状態が生ずるのであり、この霧化の完全であればあるほど燃焼は完全なものとなるわけである。この最も重要な点において両者は全く一致していることは常識上明らかである。

又「後者は燃焼皿に穿つた通風孔より旋回上昇した空気と混合し」というが、燃焼皿は高速回転しているばかりでなく、燃焼筒と燃焼皿の外周との間に隔たりがあるから、燃焼皿に通風孔を設けたとはいえ、この通風孔を経て旋回上昇する空気は微少のものであり、結局前者と同様空気は殆んど燃焼皿の外側を廻つて上昇するわけである。従つてこの点についても審決のいうような差異は殆んどない。

更に「後者は皿上で燃焼するもので」というが、前記のように皿の遠心力によつて油の霧化が行われるのであり、従つて中心より遠くなるほど完全霧化が行われるのであつて、又燃焼筒と燃焼皿の外周との間に相当隔たりがあるところよりみれば、審決のいうように皿上のみで燃焼するのでなく、燃焼筒内全般で燃焼するといわざるを得ず、従つて前者と全く同一といわねばならない。

以上によつて、前者と後者は油の霧化の装置並びに経過において差異があり、又燃焼用空気の導入型式においても差異が認められるということの誤りであることは明らかで、仮りに差異があつても、極めてわずかの、それも本件実用新案の構成要件外の末梢的部分に関するものにすぎないことは明らかであろう。

(ロ)の点について

この点についての審決の誤りであることは、第一点で詳細述べたところであるが、なお審決では「油を外気に噴出する立場からみて、前者の回転しない油排出口(6)に対応するものは後者においては回転噴油孔(16)と認定すべきであつて、後者において噴油口と称している小孔(15)は油の通路の一部とみなすのが妥当である」と説くが、それは通路の一部ではなく、正に噴油口である。それのみでなく如何なる立場からみようと、後者の噴油口は前者の油排出口と同様回転せず、全く同一である。従つて審決が「後者は前者の必須要件である回転しない燃料排出口(6)並びに回転しない案内皿の存在を欠いている」というのは正に誤りである。ただ後者のものにあつては、右噴油口に冠せられたキヤツプ(16)が回転するにすぎないこと、しかもそのキヤツプの孔より生ずる油の粒は大きく、従つて前者の油排出口と作用効果に差異がないこと、(イ)の点について述べた通りであるから、審決のいうところは失当である。

(ハ)の点について

審決はまず「前者の受皿(4)と後者の小皿(17)は油の霧化という作用においては共通点はあるが、前者の受皿(4)は油の滴下を受けてこれを高速回転による遠心力作用により油を霧化するのに対し、後者の小皿(17)は回転噴油孔(16)によりすでに相当程度第一次微細化された燃料を補助的に再霧化するものであつて、前者の受皿(4)が一枚の皿で霧化を完成するのに対して後者の小皿(17)は補助手段であるという差異がある」というが、後者の油が相当程度第一次微細化されるのは、回転噴油孔によるものではなく回転する小皿の遠心力によつてのみであること、前記(イ)の点について詳論した通りであるから、後者の小皿が補助的に再霧化するとか、霧化に対し補助手段であるとかいうのは明らかな誤りである。一体何のために再霧化しなければならないのか、理解に苦しむところである。この点からみても審決が如何に牽強附会のものであるか明瞭である。

また審決は「これは後者の小皿(17)が半径も小さく且つ回転速度も前者の受皿に比して小であるという点からみても、後者の小皿(17)の霧化作用は前者の半径も回転速度も大である受皿(4)と同等の作用をなすものとは認められない」というが、それは効果の上において後者よりも前者の方が霧化作用が完全であるという差に止まり、異る作用が生ずる筈がない。

続いて審決は「又前者の受皿(4)は皿に孔を有せず、下方より上昇する燃焼用の空気を抑えて外側から廻し、受皿(4)から霧化飛散する油と混合させるのに対し、後者の燃焼皿(6)は下方より旋回上昇する空気を皿に設けた孔(11)より導入し、小皿(17)より飛散する油と皿(6)上で混合して燃焼させるものであつて」というが、これまた前記(イ)の点について詳論した通りで審決にいうところは程度の差にすぎないことは明らかである。

以上のように両者は作用効果に顕著な差異がある筈がないこと明白である。これに加えて前者にあつては油を霧化分散させる部分と下方からの送風を押えて外方に導く部分とを一枚の受皿で行わせたに対し、後者はそれぞれの作用を司る部分を二つの皿即ち燃焼皿(6)とその内部にある小皿(17)に分割して重合固定したに過ぎず、このようなことは構造上よりみても微差にすぎない。されば前者の受皿(4)と後者の燃焼皿(6)とは構造及び作用において差異があるということは失当といわねばならず、仮りに差異があつても極めて僅かのものであり、しかも本件実用新案の要旨外の枝葉部分に関するものである。

第三点

なお本件実用新案のものにおける案内皿が実用新案の要旨の一部であると認定し、それに基いて審決をしたことは、前記のように霧化作用に無意味なものを考案の必須要件とした技術的判断上の誤りがあるだけでなく、右の点は、本件審判において、従来当事者間に何等言及されなかつた事項である。然るに審決において突如として前記のような認定をし、この認定を基礎として本件の審決をしたものであり、しかもこの重大事項について、特許庁は事前に当事者に対し意見申立の機会を与えた事実はない。右の事実は旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第二六条によつて準用せられる旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一〇三条の規定に違反した違法がある。

以上の通りであるから、本件審決が本件実用新案のものと(イ)号のものとについて「両者はその構成、燃料の霧化方式及び燃料の燃焼方式において顕著な差異があり、かつ後者は前者の必須の構成要件である回転しない燃料排出口及び回転しない案内皿の存在をそれぞれ欠いているから一部類似した構造を有していても、全体として同一或いは類似構造とは認められないし、又後者は前者の必須要件をことごとく具備するものではない」というのは極めて失当であるとともに、また右審決には前記第三点のような違法もある。よつて本件審決の取消を求める。

四、なお原告は被告の主張に対して次の通り述べた。

(一)、被告は、(イ)号図面のものにあつては、小皿を除けば残余の大部分は、被告発明にかかる特許第一〇六、〇五七号(但し特許料不納により昭和一六年二月一六日消滅)重油燃焼器の考案及びその利用実施品として、本件実用新案出願前既に公知公用であつたと主張する。しかし右特許明細書記載のものは圧力水が動力源であつて、水力で水車(9)と浅底盤(7)と中空軸(4)及び送風機(8)を回転せしめ、送風機(8)は燃焼用空気を供給するための風車であるから、本件実用新案のように、水力を使用しないで、回転羽根が専ら回転作用のみをし、送風の目的を有しないものとは根本的に構想を異にし、全く別個の考案であるだけでなく、(イ)号の燃焼皿に相当する右特許の浅底盤は多数の輸状波型を形成し、波型の裏側中腹に小孔を設けてあつて、皿上の油が孔から滴下しないように工夫してある点等に両者の差異がある。

(二)、被告は(イ)号のものの小皿(17)は油を遠心力により飛散させる作用をするものではないと主張するが、これは如何なる理論に基いて断定したものであるか納得できないことである。しかし、この意味は、(イ)号のものは油が拡散孔から高速で飛び出し、それが小皿に当つて反射分裂して空中に霧状に飛び散つて小皿には殆んど油が附着しない、即ち全部が霧化することであろうと推考せられるが、それは大きな間違いである。この理論の間違いは、液体を固体と同視して推論していることから出ている。何となれば、固体であれば速度をもつて板面に衝突させれば反撥反射されて板面に附着しないし、体形が分裂することもあり得る。しかし液体の場合はそうではない。反射分裂は少量であつて、大部分は板面に附着するか、板面に沿つて落下するのである。粘度の高いものほどこの附着率は大きい。この液体の性質を無視して固体と同じように考えたところに誤りがある。従つて(イ)号のものの場合、拡散孔から出た油が多少の速度があつて小皿に衝突したと仮定しても、そのために再微化される再微粒化作用は少量であり、且つまたそれが燃焼に適する霧化状のものとせられるかどうかも疑わしいところであつて、結局大部分は小皿の上に残り、それを小皿の回転によつて微化させるに外ならないのである。そしてこの目的作用を果さんがために小皿を高速回転させているもので、遠心力を利用しないでも反射だけで十分霧化できるものならば、わざわざ小皿を高速回転させる必要もなく簡単な機構で構成できる筈である。

なお被告は、(イ)号の小皿(17)が油に遠心力作用を与えない理由として「燃料油は小皿の上周縁に向つて噴射され(各拡散孔(16)はそのような位置方向に設けられている)、その一部は小皿の上周縁を越えて直接燃焼皿(6)上に飛散する」と主張するが、これは事実と全く相違している。(イ)号のものは噴油口も拡散孔も水平方向に閉口しており、且つその位置(高さ)が小皿(17)の中腹に位するように設けられているから、拡散孔より出る油の全部が小皿の中腹以下に落ち、小皿の高速回転によつて生ずる遠心力作用を受けることは当然のことである。

また被告は(イ)号のものの使用油は軽油であるから重油に比し霧化し易いとも主張するが、仮りに軽油のみを使用するものであるとしても、それは程度問題にすぎず、回転皿の回転力が微粒化作用をしないものとは考えられない。液体が物体に当つて完全に反撥して物体に何等附着しないというようなことはあり得ない。

(三)、被告は(イ)号のものの燃焼皿(6)は遠心力で油を霧化するものではないと主張する。しかし、燃焼皿が回転している以上は遠心力作用をするものである。小皿(17)で振り切られたもの及び小皿で反射して飛び出たものをこの皿で受けて最後の霧化を完成せんとするものである。

被告はまた(イ)号のものの燃焼皿は、通気孔から十分な空気が供給されるもので、油はこの皿の上で熱気化されて燃焼されると主張する。しかし油が熱気化することは(イ)号のものも本件実用新案のものも、ともに行われている自然現象であつて、(イ)号が熱気化のみで完全燃焼を行い得るものなれば、何故に二枚の皿を高速回転せしめ、しかも燃焼皿の外周部に環状の風洞を設けているのか。孔を設けたために皿上で燃えるといつても、霧化中途の皿上に空気を供給して、不完全燃焼をしても構わないで、そこででも燃やすというだけのことで、孔を設けたことは単なる附加的施設にすぎない。また燃焼皿の外周の環状空洞は抵抗も少ないところであるし、また面積も大であるから空気の通過量も大であり、また遠心力作用による霧化も最良の個所であるから、この環状空洞は燃焼皿に遠心作用をさせる以上は必要欠くべからざる重要なところである。若し遠心作用を利用する必要がないというのであれば、燃焼皿を回転させる必要もなく、また前記環状空洞の存在の必要性もなくなり、簡単な機構のものでよい筈である。

(四)、被告はまた(イ)号のものは二段方式の霧化作用をする点において本件実用新案のものと差異があると主張する。しかしそれは、固定した噴油口に拡散孔を有する回転筒を被ぶせたことや、一枚の皿を大小二枚にしただけのことで、これらはいわゆる附加的設計を施したにすぎず、類似の範囲を脱しないものであつて、本件実用新案の要旨はそのまま保存されているものといわなければならない。拡散孔即ち回転帽子のあるがために実際に油が完全燃焼に適するように微細化されないことは、技術常識上明らかなところであるとともに、小皿(17)に衝突させられて更に微細化されるという点も、実際は衝突しないで大きな滴で滴下しているのである。

(五)、案内皿の存在が本件実用新案の必須要件でないことは前に主張の通りである。右案内皿については、案内皿を伝つてとのみ説明書に記載され、それ以上その効果についての記載がなかつたものであつて、どこまでも単なる案内皿にすぎないものである。今強いて試みに案内皿の作用効果を検討してみると、案内皿があれば油は受皿(4)の中心を離れた所に滴下するから、油の配分装置であるともいい得るが、このような配分手段は霧化作用に何等の好影響をもたらすものではない。何となれば、この案内皿が下の受皿より大であれば受皿は機能を発揮しなくなるし、また小さい案内皿でも、案内皿は回転しないので遠心力による油の分離作用をしないのであるから、寧ろ回転体たる受皿(4)の中心部に直接滴下させる方が分離作用にはより多く有効である。しかし技術の実際として、皿の中心部附近は遠心力が小さいのであるから、この中心部の遠心力を利用するか、しないかは大した問題ではなく、小さな案内皿を設けておいても霧化作用には大した差異はないのである。即ち案内皿は小さければ技術的にはあつてもなくても霧化作用に影響を与えず、大なれば有害となる位のものである。この技術的判断を誤つて、案内皿が本件実用新案の必須要件であるとする原審決の判断並びにこれを支持する被告の主張は失当である。

(六)、被告はなお、案内皿に関しては原審判における被告の理由補充書でその申立をした旨の主張をするが、被告は本件審判事件の頭初から、本件実用新案の請求範囲記載事項を要旨と認め、これを基礎として両者の差異を論じていて、案内皿に関しては何等の言及がなく、況んや回転しない燃料排出口や回転しない案内皿が本件実用新案の要旨であるかの如き主張など、全く窺知することすらできず、これは全く本件原審決において突如として要旨の一部と認定せられたものである。

第三、答弁

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として次の通り述べた。

一、原告の請求原因一及び二の点はこれを認めるが、三の主張はこれを争う。

二(一)、(イ)号図面に示す回転式重油燃焼器の構造作用効果はその図面並びに説明書によつて明らかであるが、次にその要部を被告自身の発明にかかる乙第二号証(特許第一〇六、〇五七号明細書)記載の重油燃焼器との関連において考察すると、(イ)号図面並びにその説明書記載のものにおいては、燃料油は、油管(5)に冠挿され燃焼皿(6)とともに高速回転する套管(8)の拡散孔(16)(即ち高速回転する拡散孔(16))から空間に向つて水平方向に、小皿(17)の上方に噴射され微粒化され、そのままで、或いは更に回転小皿(17)の周縁に激突して微細化されて、燃焼皿(6)上に供給され、通気孔(11)を通つて燃焼皿(6)上に進入する空気並びに燃焼皿(6)の周囲から進入する空気と混合され、燃焼皿(6)上並びにその周囲において燃焼される。

そして、前記構造並びにその作用の中から、小皿(17)の構造並びにその作用を除けば、残余の大部分は前記乙第二号証の重油燃焼器の考案及びその利用実施品として、本件原告の実用新案出願前に既に公知公用である。((イ)号図面のものの燃焼皿(6)、拡散孔(16)はそれぞれ前記特許の浅底盤(7)、斜孔(10)に相当する)。換言すれば、(イ)号図面のものは、本件実用新案の出願前公知公用であつた前記重油燃焼器における噴射燃料油を、更に微細化して一層燃え易くするために小皿(17)を附加したものであり、この小皿(17)がなくても、燃料油は当然前記特許のものと同様程度に粒化され、燃焼皿(6)上で燃焼され得るものであるから、小皿(17)は油燃焼器として補足附加的のものにすぎない。そして小皿(17)の微粒化作用は、右記載のように既に一応粒化された燃料油を、空間通過途次において小皿(17)の周縁に激突させて再微粒化するものであつて、燃料油を小皿上面に流れ伝わらせるものでもなく、又小皿の周縁から遠心力で振り切ることによつて粒化させるものでもない。

(二)、本件実用新案の液体燃料燃焼装置において、燃料油はまず回転しない排出口(6)から回転しない状態で受皿(4)の上面に滴下(又は流出)附着することによつて受皿(4)とともに回転し、その回転による遠心力で受皿(4)の上面を伝わりその周縁に到達し、ここで同様遠心力によって周縁外に振り切られる。即ち回転しない状態で回転受皿(4)上に滴下された燃料油は、受皿(4)の上面を伝わりながら皮膜化され、次いで周縁から振り切られることによつて霧化されるものであり、このことは本件実用新案の図面並びに説明書全般から明らかに認め得るところである。そして本件実用新案の燃焼装置においては、燃料油を燃焼可能の状態に霧化する作用はこの受皿(4)のみで行うものであるから、この受皿(4)を取り除けば燃焼装置としての機能を喪失するものである。

(三)、そこで(イ)号図面並びにその説明書に示すものと本件登録実用新案のものとを対照比較すると、

I、(イ)号のものは、回転しない油管に設けた数箇の噴油孔(15)に対し、油管(5)に回転するように嵌挿された套管(8)の周囲の数箇の拡散孔(16)が接して回転することにより、油管(5)内に送られる燃料油は、その圧力と数箇の拡散孔(16)の回転による加速で可燃状に微粒化されて小皿(17)の上周縁に向つて噴射され(各拡散孔(16)はそのような位置方向に設けられている)、その一部は小皿の上周縁を越えて直接燃焼皿(6)上に飛散し、小皿の周縁に衝突したものはその周縁で更に細分されて燃焼皿上に飛散するものであるから、本件登録実用新案のもののように回転受皿(4)の遠心力作用を利用するものではなく、従つて小皿(17)に燃料油を滴下させる手段も伴つていないわけで、本件実用新案のものとは燃料油の霧化機構を全く異にしている。

II、(イ)号のものにおける前記小皿(17)がプロペラ形風車(7)によつて套管(8)とともに回転するため、本件実用新案のものの受皿(4)と外見上相似するようであるが、固定の噴油孔(15)のまわりを回転する拡散孔(16)の配列により燃料油はまず微粒化して四方に拡散され、小皿(17)の周縁はその拡散された燃料油粒子の一部を補助的に衝激細分する作用をなすものであり、本件登録実用新案のもののように受皿(4)上に燃料油全量が滴下されて、それが皿上面を拡がつて皿の周縁から振り切られる作用を行うものではないから、(イ)号の小皿(17)はこの実用新案の受皿(4)とは性質を全く異にするものである。

被告は(イ)号のものにおける拡散孔(16)から拡散した燃料油が小皿(17)に当つて霧化すると主張するのではない。小皿(17)の縁に当つた一部の油粒子がより細かくくだかれ、これが分散すること、あたかも雨滴が何物かに当つてくだかれる現象の如くであるというのである。原告は固体物でなければそのような分裂作用をしないと主張するが、これは特に粘度の高い重油を燃料として使用する場合のみを想定した誤つた独断的見解である。(イ)号のもので使用される燃料油は粘度の大きくない軽油(ケロシン)である。

III、原告はまた(イ)号の燃焼皿(6)が本件実用新案の受皿(4)に相当する旨主張しているが、燃焼皿(6)は拡散孔(16)から拡散された燃料油粒子を気化し着火及び燃焼させるものであつて、皿の周縁から遠心力で飛散させる作用をするものではない。即ち燃焼皿(6)は(イ)号図面に示されているように比較的径が大きく且つ下方から空気を導く多数の通気孔(11)が穿たれているので、その使用に当り一旦点火された後は、燃焼皿(6)上に回転套管(8)の拡散孔(16)から絶えず拡散される燃料油粒子は回転する燃焼皿(3)の上で熱により気化され通気孔(11)からの空気に助けられ着火されて皿(6)の上及び椀状側壁隔壁(3)(隔壁(16))内で燃焼を続けるものである。即ち(イ)号の燃焼皿(6)は、拡散された燃料油粒子を熱により気化し着火するものであるが故に、燃焼皿(6)上に拡散される燃料油粒子の大きさは燃焼皿上の熱で気化できる程度に微粒化すればよく、燃焼皿(6)の回転による遠心力で更に霧化させるものではない。従つて本件実用新案の受皿(4)のように遠心力作用によつて必須の霧化を行うものとは全くその軌を異にする。しかも若し仮りに原告主張のように燃焼皿(6)が本件実用新案のものの受皿同様に遠心力で油を霧化するものであるとの見解をとるならば、かかる燃焼皿は前記乙第二号証特許明細書並びにその実施品によつて既に本件実用新案出願前に公知であるから、遂に本件実用新案のものの受皿の新規性が喪失されることに想到すべきである。

IV、原告は「本件審決において、(イ)号のものにおいては、油は回転する噴油孔(16)より微細化されて拡散されるというが、噴油孔自体は回転せず、ただそれに冠せられたキヤツプのみが回転するにすぎない」と主張する。しかし本件審決に記載された噴油孔(16)がイ号図面の拡散孔(16)を指示するものであることは明らかであり、その拡散孔(16)は回転する套管(8)に穿設されているから、油はこれにより微細化されて回転拡散されるものであることも明らかである。

また原告は「そのキヤツプの孔より出る油は比較的大きな粒子であつて審決にいう如く微細化されて拡散されるものではない。従つて又本件実用新案のものの油が案内皿を経て滴下するということと殆んど差がないといわざるを得ない」と主張するが、本件においては、(イ)号図面記載のものの拡散孔(16)から出る油の粒子の大きさと、本件実用新案のものの案内皿を経て滴下する油の粒子の大きさとの比較など何等問題となるべき筋合のものではなく、むしろ両者間の油の霧化方式の差異、即ち本件実用新案のものにおいては、油は案内皿を経て受皿(4)に滴下され、その周縁から霧化されるに対し、(イ)号のものにおいては、油は回転拡散孔(16)でまず微細化(粒子化でもよい)され、次いで小皿(17)に衝突させられて更に微細化される二段方式のものである差異が問題なのである。

(四)、被告の以上の主張は、本件実用新案においては受皿(4)の上に燃料油が回転しない状態で滴下されることがその必須要件の一つであることを前提としたものであり、本件審決もまた、回転しない燃料排出口(6)及び回転しない案内皿(5)の存在が本件登録実用新案の要旨の一部であり必須の構成要件であるとしたのに対し、原告はその不服理由の第一点でこれを攻撃するので、次にこの点についての本件審決の判断並びに右被告主張の前提が妥当であることを説明する。

I、原告の本件登録実用新案の登録請求範囲の項には「図面に示す如く通風筒(1)内に挿通した給油管(9)に、上部に受皿(4)を、下部に放射状に設けた羽根(3)を備えた回転体を、受皿(4)が通風筒(1)外に位置する如く遊嵌した液体燃料燃焼装置の構造」と記載されているだけで、燃料排出口(6)や案内皿(5)に関して触れていないからといつて、登録請求の範囲の項に記載されていない構成部分たる燃料排出口(6)や案内皿(5)その他がどんな条件であつてもよいということには更々ならない。

II、一般に、総じて登録実用新案の説明書や特許発明明細書において、その登録請求の範囲の項には、その実用新案や特許発明の出願前に新規とする特徴だけを構成要件として記載すれば足りるものであり、これは特許制度が始まつて以来今日に至るまで特許法や実用新案法運用上の実際である。従つて登録請求の範囲或いは特許請求の範囲の項に記載された条件だけで物品が構成され、或いは物が製造される筈のものではない。実用新案の登録請求の範囲の項の冒頭には「図面に示す如く」と、又末尾には物品の性質や目的を含む「物品名」が、又特許発明では末尾に物或いは方法を明示する「発明の名称」が附記されるのが殆んど例外のない慣行事実である。

III、本件登録実用新案もその例外ではない。即ち前記登録請求範囲の項に記載された構造条件だけでは液体燃料を噴霧化して燃焼するという目的を達し得ず、その他の種々関連部分が伴つて始めて液体燃料燃焼装置という物品が構成されるものである。その関連部分は「図面に示す如く」とある通り図面により、又末尾の「液体燃料燃焼装置」という物品名称の字句から常識的に判断されるべきものなのである。そのことは又登録請求の範囲の記載に用いられた構成部分を表現する呼称だけでその考案要旨を判定すべきではなく、図面や説明書全般からその構成各部の性質を正確に判断し、登録請求の範囲記載の条件に基く物品装置全体の作用効果によつて考案要旨を認定すべきであることを意味する。

IV、そこで前記本件登録実用新案の登録請求の範囲の項における給油管(9)に遊嵌した廻転体の上部に備えた受皿(4)の性質を図面及び説明書全般から判断するに、それは受皿上の燃料油を受皿を伝つてその周縁から遠心力作用で噴き散らす目的及び性質のものであるから、当然受皿(4)上に燃料油を導入する部分が、液体燃料燃焼装置という物品を構成する必要欠くべからざるものであり、そしてこの部分が固定の給油管(9)の上部に設けられた燃料排出口(6)及び燃料案内皿(5)から成り、しかもそれが燃料油を受皿(4)上に滴下させるものであることは明白である。即ち受皿(4)はその性質上、例えば案内皿(5)のような燃料油滴下手段があつて始めてその機能を発揮できるものであるから、その登録請求範囲の項に「図面に示す如く……上部に受皿(4)を……備えた廻転体を……遊嵌した液体燃料燃焼装置」と表現された内容には回転しない燃料油の滴下手段が当然包含されていると解すべきである。

V、審決の理由において、以上の事実を一層具体的に「回転しない燃料排出口(6)及び回転しない案内皿(5)の存在が本件実用新案の要旨の一部をなすものである」とわかり易く説示したものであつて、この登録実用新案の構成要素中最重要点である回転する受皿(4)の燃料油に及ぼす遠心力作用の性質を確認する根拠として右のように説示しても何ら失当でない。

VI、なお実用新案の権利範囲を確認するに当つては、その登録請求範囲の記載だけでなく、図面並びに説明書全般の記載に徴すべきものである。従つて、本件登録請求の範囲の項には受皿(4)が如何なる作用構造によつて燃料油を霧化するものであるかについて具体的に明記されていないが、受皿(4)は当然説明書記載の趣旨の作用をするものと解すべきである。換言すれば、登録請求の範囲の項に受皿(4)の作用についての記載がないからといつて、受皿(4)の作用を考慮することなくして本件実用新案の権利範囲を定めることはできない。そして本件実用新案の受皿(4)は、その上に回転しない状態で燃料油が滴下されることにより、その燃料油を遠心力によつて受皿(4)の周縁から霧状に振り切る作用をすることを必須とするものであることは、甲第一号証(本件実用新案公報)における「燃料は排出口から案内皿(5)を伝つて受皿(4)上に滴下し、遠心力作用と風力とにより微細に噴霧状として燃焼筒(10)内に飛散し」なる記載並びに図面からこれを十分に認めることができる。故に受皿(4)上に燃料油が回転しない状態で滴下されるものであることが本件実用新案の必須要件の一つであるとすることは全く妥当といわなければならない。

更に又仮りに、説明書記載の作用を無視し、登録請求の範囲の項に記載された構造だけのことを重視して、本件実用新案の権利を、それが小皿(17)を有する(イ)号のものにまで及ぶと広く解釈するならば、本件実用新案のものの受皿(4)は前記公知の乙第二号証特許明細書のものの浅底盤(7)に類似するものと認めなければならない。そしてかく解釈すれば本件実用新案のものの受皿自体その新規性を喪失することとなろう。

VII、原告は「本件実用新案のものにおける案内皿の存在は単に回転体が上方に上らないようにするためのものであつて、その結果受皿上に油が滴下するものでしかなく、審決のいうような燃料霧化の状態云々とは全く関係ないものである。つまり皿でなくても回転体が上方に上がらないようにする止め金であればよいので止め環で足りるのである」と主張する。しかし案内皿(5)が回転体の上方に上がることを防止する作用をも兼ねるか又は別に回転体の上がり止め機構を有するかの如きは、本件権利範囲確認には無関係のことであり、要は審決に明示されたように、本件実用新案においては「燃料は排出口から案内皿(5)を伝つて受皿(4)上に滴下し」なる条件が受皿(4)によつて燃料霧化作用のために必須であり、これを構造的に説明すれば、「給油管に回転しない燃料排出口を穿ち、回転しない案内皿を受皿の上方で給油管に設けた」ということにならざるを得ない点にある。

(五)、なお原告は「本件審決が案内皿をもつて本件実用新案の要旨の一部であると認定し、これに基いて審決したのは、従来当事者間において何ら言及されなかつたことについて審決が突如としてこれを取上げたものであつて、右審決は旧実用新案法第二六条によつて準用する旧特許法第一〇三条の規定に違反する違法がある」趣旨の主張をする。しかし右の点については、被告が特許庁における本件抗告審判事件に提出した昭和三三年八月二九日付理由補充書(乙第五号証)の第6―1項の中の「即ちこれを少しく布えんすれば」以下において、被告が理由として申し立てたところであるから、この非難に当らない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、特許庁における手続並びに審決要旨についての原告主張の一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二、(一)、成立に争いのない甲第一号証によれば本件登録実用新案の説明書には次のように記載せられている。

『実用新案の性質、作用及び効果の要領

本案は送風機の強制送風により液体燃料を燃焼させる液体燃料燃焼装置の考案に係り、図面に示す如く通風筒1内に挿通した給油管9に、上部に受皿4を下部に放射状にした羽根3を設けた廻転体を、受皿4が通風筒1外に位置する如く遊嵌した液体燃料燃焼装置の構造に係り、2は廻転体の支持環で給油管9に固着する。5は給油管9の上部に設けた燃料案内皿、6は燃料排出口、7は燃料タンク、8はその調節栓、10は通風筒1の上部に自由に載置した燃焼筒でこの内面に燃料を噴霧状に飛散させて着火により燃焼させる。11は給油管9の先端に螺着した被蓋で、これにより受皿4上で燃料が燃焼するのを防止する。

本案は前記の様な構造を有するから受皿4の下部の羽根3よりも直径の大きな送風翼を有する送風機(図示せず)により起風された風を、通風筒1内に矢印の方向へ向けて強制送風して、廻転体の下部に設けた羽根に当てて、上部に受皿4を有する廻転体を給油管9を軸として高速回転させる。この際廻転体は電動機軸に直結していないので羽根3よりも直径の大きな送風翼を有する送風機の強制送風力により電動機の廻転数以上に高速廻転する。この様に受皿4が高速廻転をしたら給油管9からの給油により燃料は排出口から案内皿5上を伝つて受皿4上に滴下し遠心力作用と風力とにより微細に噴霧状として燃焼筒10内に飛散し、着火により完全燃焼を起す。

本案は前記の様に通風筒1内に挿通した給油管9を軸として上部に通風筒1外に位置する受皿4を有する羽根3を強制送風により廻転させたから、電動機軸直結の従来のものの様に受皿4が電動機の廻転数以上に廻転しないのを、羽根3よりも直径の大きな送風機の強制送風力により非常な高速廻転を与え得るため、その廻転による遠心力作用で燃料は非常に微細に噴霧状となつて燃焼筒10内に飛散して完全燃焼を起す効果を奏す。

登録請求の範囲

図面に示す如く通風筒1内に挿通した給油管9に、上部に受皿4を、下部に放射状に設けた羽根3を備えた廻転体を、受皿4が通風筒1外に位置する如く遊嵌した液体燃料燃焼装置の構造。』

即ち右実用新案の性質、作用及び効果の要領の項では、まず第一段でその前半に、登録請求の範囲記載のものと全く同一の構造を本考案として掲げ、これに続いて燃料案内皿その他図面に示された各部の説明をし、第二段には前段記載の構造より成る燃焼装置の作用につき、第三段ではその効果についての説明をし、登録請求の範囲の項では前記載の通りの構造をその請求範囲とする旨を記載したものであつて、右各説明及び請求範囲の記載から見れば、本件登録実用新案の考案は、強制送風によつて従来の電動機直結のものより受皿4を高速度に廻転させることを前提として、この受皿4の高速度回転による遠心力作用と風力とによつて液体燃料を霧化燃焼させるようにした登録請求範囲記載の液体燃料燃焼装置の構造を新規としてその登録を受けたものであり、従つてその考案要旨も右の点にあるものと認められる。

(二)、被告は本件登録実用新案の考案においては「燃料は排出口から案内皿5を伝つて受皿4上に滴下し」なる条件が、受皿4による燃料霧化作用のために必須であり、この作用をするところの「廻転しない燃料排出口6及び廻転しない案内皿5」が右考案必須の構成要件であると主張する。そしてなるほど前記の説明書中には被告の指摘するように「燃料は排出口から案内皿5上を伝つて受皿4上に滴下し」なる記載があり、図面には廻転しない燃料排出口及び廻転しない案内皿が示されている。しかし右の説明書では、燃料が排出口から案内皿5上を伝つて受皿上に滴下することを考案の必須要件とする趣旨の記載も、また排出口及び案内皿が廻転しないものであることが必須要件である旨の記載もせられておらず、しかも前記説明書に記載された右考案の効果は、すべて風力と通風筒外に位置する受皿の遠心力とによるものであつて、特に排出口及び案内皿を廻転しないものとしたために生ずるものとは解されない。従つて右「燃料は排出口から案内皿5上を伝つて受皿4上に滴下し」なる記載は、ただこの種液体燃料燃焼装置における燃料供給の経路を記載したに止まるものと解すべきであり、廻転しない燃料排出口及び廻転しない案内皿が本件登録実用新案の必須の構成要件をなすものとは到底解することはできない。

(三)、被告はまた(イ)号のものの小皿17及び燃焼皿6に遠心力作用で油を霧化する作用効果があるものとすれば、この燃焼皿は乙第二号証特許明細書によつて既に本件実用新案出願前公知であり、右小皿もこの特許の浅底盤に類似するものであつて、逆に本件実用新案のものの受皿自体の新規性が喪失せられることとなる旨主張する。しかし遠心力により霧化作用を行う皿が公知であるために、本件実用新案の考案の新規性に問題があるとしても、審判によつてその無効が確定されない以上、これを無効のものとして取り扱うことの許されないことはいうをまたないとともに、右の問題は本件の権利範囲確認の問題とはまた別箇のことがらであり、本件の主張としては格別の意味があるものとは解されない。ただ右被告の主張は、右のように公知であるがために、遠心力による霧化作用を行う皿は、本件実用新案の必須の構成要件とはなり得ない趣旨であるかも知れない。しかし考案の必須要件とは、その考案の説明書に、当該考案を構成するに欠くことのできない事項として記載されたものを指し、それが新規なものであると公知のものであるとはこれを問わないものと解すべきであるから、たとえ遠心力によつて油を霧化する皿が本件実用新案の出願前公知であつたとしても、これがその考案の必須の構成要件となることには何ら妨げもない。

三、(一)、(イ)号図面及びその説明書に記載された回転式重油燃焼器は、

(1)、器台1上に円筒形側壁2を垂直に形成し、

(2)、これに椀状側壁3を載置し、

(3)、器台1の中央に、上部を円錐4とし、その下部に噴油孔15を設けた油管5を垂直に固植し、

(4)、噴油孔15に合致するよう拡散孔16を設けた套管8を、円錐4を支点として回転自在に油管5に冠挿し、

(5)、円筒形側壁2の上方その延長上に位置する多数の通風孔11を有する燃焼皿6と、その上に重ねた小皿17とを套管8の上部に、プロペラ形風車をその下部に、それぞれ定着し、

(6)、小皿17の周縁は拡散孔16より稍高く、燃焼皿6の周縁は更に高くなるように構成し、

(7)、円筒形側壁2の下部にその直径の略三分の一以下の細い風筒9を、側壁2の中央縦断面B―Bに垂直に、且つ風筒9の中央横断面の外側線C―Cが側壁2の外面に切線となるように連通した

構造であつて、風筒9から送られた風が円筒形側壁2内を上昇して、プロペラ形風車7により套管8従つて燃焼皿6及び小皿17を廻転させ、一方圧力油が油管5から噴油孔15及び套管8の廻転に従つて廻転する拡散孔16の二つの孔を経て噴出するようにしたものである。

(二)、被告は(イ)号のものは

(1)、燃料油は拡散孔で微細化され、小皿によつて再微化される。

(2)、小皿も燃焼皿も遠心力霧化を行うものではない。

(3)、燃焼皿は気化着火せしめるだけである。

とし、本件登録実用新案のものとは霧化機構を異にすると主張し、その証拠として乙第三、四号証を提出している。しかし(イ)号のものにあつては、燃焼皿及び小皿の廻転に伴う遠心力による油の霧化作用が行われないとの点は右乙号証その他本件全資料によつてもこれを認め難いところである。そして却つて前記の構造自体から考えれば、(イ)号のものは小皿の周縁が拡散孔より高く構成されているのであるから、拡散孔から噴出した油は、小皿を越えて飛散する一部を除き、その過半量は小皿に衝突するものと考えられ、しかもこの衝突により油の一部は再微化されるとしても、衝突した油の全量が再微化し尽されるものとは到底考え得ないところであつて、一部は小皿に附着し(その量は油の種類によつて異なるであろうが)、小皿の廻転による遠心力と風力とによつて霧化されるものと考えざるを得ない。そしてまた前記の構造から考え、更に小皿を越えて飛散した油及び小皿に衝突又は附着してから飛散した油の一部も、燃焼皿上に落ちその遠心力と風力とによつて霧化されるものもあるやも知れず、小皿及び燃焼皿の遠心力作用を借りることなしに、燃料油のすべてが、拡散孔で微化され、小皿によつて再微化し尽されるものとは到底認めることはできない。従つて(イ)号図面及びその説明書に記載されたものにあつては、設計者または使用者の意図せると否とに拘らず、その小皿及び燃焼皿の双方、または少くともその小皿だけは、その廻転による遠心力によつて油の霧化を行つているものと認めなければならない。(被告は(イ)号に使用される油は粘度の低い軽油であるから小皿で十分燃焼目的を達する程度に霧化(微粒化)されるとか、原告の主張は特に粘度の高い重油を燃料として使用する場合のみを想定した独断的見解にすぎないとか主張するが、「回転式重油燃焼器」と銘打つた(イ)号のものに対する議論としては受取れない話であるとともに、右主張の裏を考えれば、少くとも重油のような粘度の高いものでは、小皿に衝突させただけでは十分に霧化し得ない、即ち小皿の遠心力作用が寄与することのあるのを認めたものということができよう)。

四、そこで以上認定したところに基き、本件登録実用新案のものと(イ)号図面及びその説明書に記載されたものとを対比し、後者が前者の権利範囲に属するか否かを考えてみるのに、通風筒内に挿通した給油管に、上部に受皿を下部に放射状に設けた羽根を備えた廻転体を、受皿が通風筒外に位置するように遊嵌した液体燃料燃焼装置であつて、遠心力と風力とによつて燃料油を霧化するものである点において、両者は一致しており、しかもこれは前記の説明によつて明らかな通り、本件登録実用新案の要旨とするところである。((イ)号のものの小皿及び燃焼皿がともに遠心力霧化の作用をするものとすれば、この二つを合せたものが本件実用新案の受皿に相当すると考えられ、また若し(イ)号のものにあつては、燃焼皿には右の作用はなく、小皿にだけその作用があるにすぎないものと見るとすれば、この小皿が受皿に相当するものであり、右いずれにせよ(イ)号のものは本件実用新案のものの受皿に相当するものを備えているものというべきである)。

なお(イ)号のものにあつては、本件登録実用新案の要旨とする構造以外の構造をも具えているが、右要旨を具備する以上、他に相違する構造、作用及び効果を持つとしても、また或いは乙第二号証の特許品に改良を加えたにすぎないものであるにしても、(イ)号図面及びその説明書に記載された回転式重油燃焼器は、本件登録実用新案の権利範囲に属するものと解するの外はない。

五、以上の通りであるから、右と見解を異にして(イ)号のものが本件登録実用新案の権利範囲に属しないとした本件審決は、他の争点についての判断をするまでもなく不当であることが明らかであるから、他の争点についての判断はこれを省略して、本件審決はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

イ号図面〈省略〉

(イ)号図面説明書

(1) 名称 回転式重油燃焼器

(2) 図面の略解

第1図は本器の正面図、但右半は中央縦断面図。

第2図は同平面図、但右半は第1図のA線に於ける断面図である。

(3) 本器の説明要領

1 構造

図面に示す様に器台1上に直径の大きな円筒形側壁2を垂直に成形し之に椀状側壁3を載置し器台1の中央に、上部を円錐4とした油管5を垂直に固植し、円筒形側壁2内に位置せる多数の通風孔11を有する燃焼皿6と小皿17とを上部に、プロペラ形風車7を其下部に夫々定着した套管8を、円錐4を支点として回転自在に油管5に冠挿し、更に円筒形側壁2の下部に円筒形側壁2の直径の略1/3以下の細い風筒9を、円筒形側壁2の中央縦断面B―Bに垂直に且其中央横断面の外側線C―Cが円筒形側壁2の外面に切線となる様連通してなる回転式重油燃焼器である。

2 作用

今風筒9から送風すると回旋しつつ円筒形側壁2内を上昇し其回旋力でプロペラ形風車7並に之と一体となれる套管8、燃焼皿6を高速に回転すると共に舌片10を垂下せる通風孔11から燃焼皿6内に浸入し一部は喉12から燃焼室13に浸入する。之と同時に適当な圧力で送油管14から送られる燃焼油は円筒形側壁2の外部を一周して(該側壁が加熱された後燃焼油は適当な流動性が附与される)油管5の噴油孔15から選出し高速回転する套管8の拡散孔16により霧化噴射され小皿17に激突して均等且超微細に霧化される。此際通気孔11から進入する空気と混合し燃焼瓦斯体となり点火により燃焼皿6内並燃焼室13に焔上する。図中18は隔壁で椀状側壁3が過熱の為損傷するのを防止すると共に燃焼旺盛なる際第二次空気を吸引する通路を成形するものである。本器は上記の様な作用並に構造であるから燃料油の霧化は噴油孔15、拡散孔16並小皿17の協働に依つて行われ之が通気孔11から進入する空気と混合して燃焼皿6内で燃焼瓦斯体となるのである。従つて円筒形側壁2からの通気を容易に通気孔11を通過せしめる為円筒形側壁2の円筒内に全通気孔を包含せしめることが必要条件であるから円筒形側壁2の直径は相当大きい。又燃焼瓦斯体とする為には空気の必要量は限定され余り多量を要しない。若し必要量以上に送風すると燃焼力を阻害し火力を低下せしめるのである。之が為には特種な考案が施されて居る。即小さなモーターフアンの送風が小さな風筒9から強制送風されるが風筒9の直径の3倍以上の直径を有する大きな側壁2中に進入する為其速力は1/9乃至1/10に低下するのである。

即モーターフアンの大きさ、風筒9の直径、側壁2の直径が相関連して適当量の送風をなし得るのである。此送風は又プロペラ形羽根7を適当に回転せしめると同時に噴霧状態を適当ならしむるのである。若し万一送風が不足の場合は隔壁18で作つた通路19から第二次空気を燃焼室13内に吸引し焔上するのである。

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